経済・政治・国際

2010.11.04

ノストラダムスの大予言



『「1999の年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる。アンゴルモアの大王を復活させるためにその前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配に乗り出すだろう」(ノストラダムス著・百詩集第10巻72編 日本語訳 五島勉)より引用』

1973年、日本は「1999年7月に人類は滅亡する」という預言に沸き立った。「五島勉氏のノストラダムスの大予言」である。それから26年が経ち、終末思想の信者たちはワクワクドキドキその時を待ちわびた。

--どうせ世界は消滅するのだから、何をしても無駄だよ。明日提出の決算レポートなんて忘れちまえよ。さぁ、僕と愛を語ろうじゃないか。と耳元で悪魔が囁き、気が付くとネオン街のラブホテルに連れ込まれ、拝金主義のドレイに堕した。

有り金叩いて飲めや歌えの大騒ぎ。明日なんてどうにでもなれ! 今、この瞬間が最も大切、と、みんな背徳的な遊びに熱中した。みんな会社を作って「○○ドットコム株式会社」と名前を付けた。「目的」には「インターネット事業」と書く。ベンチャーキャピタルは「インターネット」とか「ドットコム」とか名前の付く会社を探し、売り上げがなくても真っ赤っかでも、「今すぐに投資しなくちゃGP(ジェネラルパートナー=投資ファンドの無限責任組合員)はクビ!」と言う強烈なプレッシャーを受けた。

そして迎えた1999年7月。

何も起こらなかった。

それどころか、ニューヨークでも、ロンドンでも、そして東京でも、テクノロジー銘柄の株価は天井を知らず、さらに上がっていった。

そして、「ノストラダムス」から10年が経った。

この10年余りを振り返ってみると、何も起こらなかったかに見えた「世紀末」だったものの、確かにあの時を境に何かが変わってしまった、と感じるのは著者だけではないだろう。

それを「インターネット革命」と言えば一言で片づく。

富の形が変わり、資本主義が変質せざるを得ない状況になりつつある。

「真の民主主義が到来した」と言えば聞こえはいいが、保守派、既得権を堅持する側に取ってはとても受容できない変化であろう。

情報はタダ。なんでもタダ。フリーエコノミーの到来だ。

株式委託手数料は極限まで安くなり、IBDとセカンダリー部門が堅く切り離され、証券会社のリサーチ部門の収益源が絶たれてしまった。アナリストはどうやって食えばいいのか?

販売手数料や信託報酬が3%、と言ったぼったくりリファンドが流行ったが、「投資信託買ってはいけない」みたいな本が次々と出版され、証券界の隠謀は白日の元に晒されてしまった。

ETFの時代、バイサイドはマネージメントフィーだけじゃおまんま食い上げだよね、とばかり、成功報酬の取れるヘッジファンドへ人は流れ、また自己資本規制のない証券会社は、めちゃくちゃなレバレッジを利かせて自らが怪しげなハイイールド債の投資家になった。

そしてすべてが崩壊した2008年。

空からインターネットが降ってきて、資本主義の形は変わらざるを得なくなった。世界景気が低迷を続け、新生ローマ帝国の通貨が崩壊寸前で、初の有色人種米大統領の評判がボロボロになった。破裂した風船を誰もが修復できず、世界は再びパトリオティズムに支配されようとしている。

やっぱ、ノストラダムスの大予言は当たっていた。

そう思わずにはいられない今日この頃である。

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2010.10.01

デンタクオタク


それぞれの職業にはそれぞれ必要な道具というものがあり、それはその職業を表す「シンボル」となっている。たとえば医師であれば聴診器。殺人許可証を所有する007なら言わずもがなワルサーPPK。小説家ならさしずめモンブランの太軸の万年筆が「小説家のシンボル」になるだろう。その小説家がパーカーを使っていようと、Macで原稿を打ちまくろうと「小説家」を表すイコンは黒くて太いモンブランでなくてはいけない。そしてオトコのシンボル、といえば、もちろん先が太くなったアレだ。

金融プロフェッショナルのシンボルは何だろうか。日頃頻繁に使用する道具がSASであろうと、Excelであろうと、はたまたブルンバーグであろうと、それらのソフトウエアをシンボルと見なすのは気が引けてしまう。やはり年期が入り使い込んだブツでないと。となると、それは電卓だ。

外資系証券の現場で使われている電卓は、それぞれの出自によって様々だ。税理士・会計士などの「経理畑」出身者は12桁の大降りなCASIOかSHARPの電卓を左手でブラインドタッチで打ちまくる得意技を披露している。理系オタクは科学計算用の関数プログラム電卓。そして米国に留学して戻ってきたMBAはたいてい金融電卓を使っている。金融電卓とは一言で言えば金利計算が簡単にできる関数を組み込んだ電卓のことで、AMAZONでサーチするといろいろ出てきた。 CASIO、SHARP、HPの3社があるようです。

数多ある金融電卓であるが、日本メーカー製は残念ながらかなりの少数派だ。というか使われているのを見たことがない。ではHPは? そう、米国HP社はかつて独特の高級電卓を多数製造販売していたメーカーで、現在もHP12Cをはじめとする名器が品揃え豊富だ。その話は10年前当HPで書いた(→どんな電卓使ってますか)が、実はアメリカではもう一つのスタンダードがある。それはHPに対抗する電卓メーカーTI社(テキサスインスツルメンツ)のBAIIPlus(ビーエー・ツー・プラス;ビジネスアナリスト2プラス)という機種。アメリカのビジネススクールでは売店で安っぽくぶら下がっていて「使い捨て電卓」のような風情らしい。値段も33ドルだから2980円、というところだろう(日本ではPPPは成り立たず、その倍の値段で売ってる!)。

実物はHPの名器HP12C とはかなり異なった外見だ。HP12Cが横長の独特の形なのに対して、縦長。そしてキーのクリック感がなく、ペナペナのとても安っぽいキータッチ。まるでおもちゃだ。裏面には漢字で「中国製造品」と書いてある(嘘)。そして何よりも目を引くのが先が太くなっているそのデザイン。ちょっとえっちっぽいというか、猥褻というか、まるでオトコのシンボルそのもの。なんで先っぽが太いんだ?

HP12Cは、その中身をほとんど変えず、30年前から販売されている。良く言えば、それだけ完成されておりもはや改良の余地がないということであろう。実際数年前から改良版であるHP12Cプラチナムがラインに加わったが、演算速度が大幅に向上したことと、HP独特のRPN(逆ポーランド記法)の入力方式の他に、一般的な「数式通り」入力も選択できるようになったことが変更点。しかしHP電卓を選ぶ層はRPNの便利さに惹かれてのことで、わざわざHP12CをALGモード(数式通り入力)で使う人はいないはずだ。

名器HP12Cとお●んちん電卓TIBAIIPlus。そのシェアはどのくらいだろう?目の子であるが、2割がHP派(RPN派)、8割がTI派(数式通り入力)といったところか。名器HPは、先っぽの太いアレに押され気味なのが、RPN派としては残念なところである。

ちなみに、HP12CとTIBAIIPlusの大きな違いは

・入力方式(HPはRPN方式。TIは普通の電卓と同じ数式通り)
・大きさ(HP12Cは小降りでワイシャツの胸ポケットやジャケットのサイドポケットになんとか入る。TIはでかすぎてはみ出す)
・TIは中国製なのに対して、HP12Cはもともとアメリカ製、その後シンガポール製(私のはSingaporeと刻印あり)、そして現行品は中国製と3バージョンがあり、ヤフオクで古いバージョンを探す楽しみがあります。
こんなところでしょうか?

またHP12C(オリジナル)とHP12Cプラチナムの違いは

・演算速度がプラチナムは大幅に強化されている。
・液晶のコントラストがプラチナムは可変。しかしもともとコントラストは高く視認性はとても良いので不要な機能。
・液晶の数字のデザインがプラチナムは縦に細く、オリジナルは丸っこい。
・数字キーのフォントデザインが違う。オリジナルの方が大きく、太く見やすいような。
・プラチナムはALGモード(数式通り入力)あり。しかしこの機能は不要だと思います。
・X^2(レジスターを自乗する)キーがプラチナムにはある。これも不要。
・プラチナムには誤入力を一文字ずつ修正するバックキーがあるが、使いにくい。これもいらない。

要するに「演算速度が速くなっている」こと以上の改良点がないんですよ、HP12Cは。色調はオリジナルがゴールドに焦げ茶色のプラスチック。プラチナムはシルバーに黒のプラスチックです。

マネックスの松本大さんが自身のブログでも「プロの道具」としてHP12Cを絶賛しています。

当記事の最初に「オトコのシンボルは先の太くなったアレ」と書いたが、私の好みはやはり横長の名器HP12Cである。RPNもそうだが、コンパクトでジャケットのポケットに入れてどこでも持っていけるのが利点なのだ。そう、RPNに慣れてしまうと他の電卓では四則演算すら出来なくなってしまうので、電卓は常に必需品になるのである。ただでかくて太ければいい、ってもんではない。

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2010.09.18

リバイバルストーリー オブ 「株屋の裏」


今を遡ること10年。

世紀末。

インターネットバブルのド真ん中。

モルガンスタンレーのメアリー・ミーカーが「インターネットの女王様(Queen of the Net)」 と祭られ、フランク・クアトローン が「テックバンカーの帝王」として君臨していた時代の物語だ。

一世を風靡し、閉鎖した後も「伝説」として金融関係者の間に語り継がれるウェブサイトがあった。いや、閉鎖したために「伝説」にまで昇華したのか。その名は「株屋の裏」。または「株屋の裏口」。「裏口」は改題する前の初期のネーミングだ。

あれから10年が経った。Nasdaqは2000年3月10日ピークを付け、ドットコムバルブは崩壊し、業界は水浸しの災害に見舞われた。

さらに悪いことが続いた。

テレビに映し出されているのは、ビルの火災。現場は地球の裏側か? 黒煙を上げ、燃えるビル。レポーターが興奮して何かをしゃべっている。

それは次の瞬間だった。小さな飛行機が隣接するもう1つのビルにあっと言う間に突っ込み、派手な火炎がパッとあがった。いや、飛行機が小さく見えたのはそのビルが巨大であったからの錯覚だろう。そして、空を仰ぐ2つの巨大な富の象徴は粉塵とともに瓦解した。

白い館でビルが自分の椅子に座っている。その前にモニカがひざまずき、ビルの堅くなったモノを引っ張り出した。そして上目遣いでおいしそうにおしゃぶりし始めた。

不思議なことに、モニカがビルのペロペロキャンディをおしゃぶりすればするほど、株価は上がった。ビルがモニカと不適切な関係を続け、ホワイトハウスの夜に燃えれば燃えるほど、経済は活発になった。まるで魔法だ。富める者と奪われる者。格差は徐々に広がっていったが、活発な消費で皆がそれなりに幸せだった。

僕がそのウェブサイトをスタートし、更新を止め、そして閉鎖したのはまさにそのような時代だった。気まぐれと冗談で作り始めたコンテンツだ。隣接した業界へ移ったために外資系証券・投資顧問会社のリサーチ、運用部門の内幕を描くことに利害関係がなくなったことも後押しした。あまりにふざけた内容ではあったが、プロフェッショナルゆえ関係者との利害関係やクライアントとの守秘義務には神経質にならざるを得ない。

その反応は驚くべきものがあった。

最初、一般投資家の方々に業界内部の人間模様を知っていただくことを第一に考えた。しかし来訪者のサーバーを見ると、国内系、外資系証券の人たちが仕事の合間を縫って閲覧し、楽しんでいる様がありありであった。また、テキストだけがコピペされ、メールに添付され、業界内に回覧された。毎日新聞エコノミスト誌がそのサイトを無断で5ページに渡りパクり、「外資系証券の内幕を描く怪文書」として記事にした。

ではなぜ、更新を止めてしまったのか? そしてサーバーからすべてを削除してしまったのか?

当時、2ちゃんを始めとする掲示板サイトで「株屋の裏」は話題になり、一部ではそのアホさ加減の内容により、批判やお叱りをいただいた。止めた理由を「荒らされてあえなく閉鎖」と某掲示板に書かれたりもしたが、それは100%違う。「株屋の裏口」(初期のコンテンツ名)ではBBSも併設し、外資系証券のリサーチに興味を持つ学生さんらが多く集い、さしずめ外資系証券就職相談所の体をなしていた。BBSが荒らされたことは一度もない。某掲示板では「資産運用業界の実態が分かる非常に有意なコンテンツ」との評価をいただいた一方、「こんなこと書いても何の得にもならない無価値なサイト」と酷評もされた。しかし批判的な意見はどう贔屓目に見ても、まともに仕事をしていないファンドマネージャーの強がりにしか見えなかったために、その意見は支持されなかった。

更新を中止し、閉鎖した理由は、それを開始した理由の逆である。

著作者が再びその業界に舞い戻ってしまったために、顧客(運用業界)のネガティブな実態を暴くことが難しくなったから。いわば利害関係の問題が再生したのである。

白い館の主はネットバブル崩壊の最中に、ビルからジョージに変わった。モニカはご主人様を失った。モニカがビルと別れると不思議なことに株価は暴落した。魔法は解けたのか。アメリカは不幸な戦争へ突入した。

そして、ネットバルブの廃墟から数年が経った。

業界のリクイディティは再び拡大していった。いや、単なるリターン・リバーサルかもしれない。再び泡沫は膨らみ始めた。今度はアメリカの不動産バブルだ。

もう立たなくなってしまったジョージ爺さんのふにゃふにゃのマシュマロをおしゃぶりする女の子が現れたとはとても思えない。一体全体誰が誰のマシュマロをおしゃぶりし、世界経済を鼓舞したのか。誰が再び魔法をかけたのか。

かつて戦火に見舞われた湾岸地域に地上の楽園が出現した。

しかしそれはうたかたの夢。

僕がかつての「株屋の裏」コンテンツを復刻版として復活させようと考え始めたのは、未だに人々の間で「株屋の裏」が語り継がれていることを知ったことがひとつの理由。今となって読み返してみると、一部に事実誤認や稚拙な表現や、書き足りないことが散見され、かなり気恥ずかしい。しかし、その稚拙な部分や恥ずかしい部分も含めて、みんなでインターネット産業を賞美し、単なる携帯電話屋の「ひかるちゃん」(光通信)をPER200倍でも「割安」と称し買い上がり、商工ファンドを臆面もなく絶賛した、あの時代を「株屋の裏」が象徴しているのではないか、と感じたのだ。

何のことはない。みんなで買ったソニーや光通信やソフトバンクをポートフォリオに持っていさえすれば、仕事時間中に「会社訪問」と称してソープランドに行ったり、総務の人妻さんと渋谷のラブホに入り浸ったり、そんなことをしても自分のポートフォリオのパフォーマンスは抜群でびっくりするようなボーナスが貰えた時代である。ひっそり静まりかえる深夜のオフィスにガールフレンドを呼び出し、机の前に跪かせ、おしゃぶりしてもらうビル。東京でもワシントンDCでも同じような光景が繰り返された。ペロペロキャンディは萎びることを知らず、ぐいぐい上を向いた。そう、株価と同じように。

そんなドットコムバブルのどんちゃん騒ぎを描いたコンテンツをネット上に残しておくことは、意義がある、と僭越ながら考えたのだ。

時は2010年秋。

サブプライム・モーゲージのバルーンは限界まで膨らみ、そして破裂した。世界は再び暗黒の闇に包まれた。今、世界経済はどこを漂流し、どこに向かおうとしているのか? 救い主は来るのか?

しかし歴史は繰り返す。

復刻したコンテンツは10年前のものであるが、その多くは未だ古さを帯びていない。なぜなら「株屋の裏」のメインテーマが、「人間の欲望、つまりカネとオンナ(オトコ)」だからだ。そして、おそらく100年後も資本主義と地球と人類が続く限り、マーケットはバブル(暴騰)とバスト(暴落)を繰り返し、「株屋の裏」は「悪魔君」や「墓場の鬼太郎」のように何度も蘇ることだろう。 

過剰なリクィディティは次、どこに向かうのか・・・・僕はそれが楽しみだ。

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